個室にて

Ars Cruenta

歯磨きをしなかった人の話

 今日は、こうならないように、ちゃんと歯磨きしようねという話。

 子供のころ、ずっと森のなかでキャンプをするような生活をしていたためか、なかなか歯磨きをする習慣が身につかなかった。大人になると今度はお酒を飲むようになり、良い気分でそのまま寝てしまうことが増えた。そこに最近はストレス性の胃腸炎が重なり、たまに酸っぱいものを嘔吐する。昔は歯医者にかかっていたのだが、その歯医者が突然閉業してしまい、次にかかる病院を探しているうちにいつしか行かなくなってしまった。こういうやくざな暮らしをしていているうちに、歯磨きをすると歯ぐきから出血するようになってしまい、慌てて歯医者にかかったのは昨年の文化の日のことである。

 よく聞く話ではあるが、歯医者では最初からデンタルクリームなどを処方してくれるわけではない。むしろ「なにもできない」と言われるのだ。歯肉の炎症がひどいと治療もできないから、まずは一日三回、最低でも二回はしっかり歯磨きをして炎症を抑えようと言われるのである。虫歯のチェックをされたあと、一週間後の予約を取った。この日から今日にいたるまで、さすがに反省して歯磨きは欠かさず、旅行にもマイ歯ブラシを持ち込んでいる。

 一週間後、最初の辛い治療が始まった。食べ物のカスは長いこと放っておくと石のように硬い歯石となってしまう。これが虫歯などの原因になるため、最初の治療は、この歯石の除去ということになる。ピンセットのような医療器具で歯と歯の間を押すと血がにじむ。炎症はマシになっていても、押せば出血するのだ。この状態のまま、工具のようなものでガリガリと歯石を取っていく。口をゆすげば真っ赤になり、鼻に血の匂いが充満する。これを四週続けて右上、左上、右下、左下とやっていく。

 虫歯の治療も、大人になってやってみるとなかなか怖いものである。う蝕した部分を削って詰め物をすると聞けば、話は分かる。しかし削ったところをうっかり舌で触ってしまったときの衝撃はなかなかのものだった。歯が削れている。事の重大さを改めて認識した一瞬で、それからは絶対に舌を動かさないように気を付けている。なかなか思うように予約が取れないこともあって未だに治療は続いている。二度とこんな思いをすることのないように・・・と言っているうちはよいのだが、喉元過ぎれば熱さを忘れるになりませんように、だ。