個室にて

Ars Cruenta

お土産としての調味料

 もう15年以上も前になるか、けらえいこさんの『あたしンち』で子供ながらに読んでとても印象に残っている回がある。作中の母曰く、味噌や醤油といった家庭の味の基礎となるような調味料は絶対にワンランク高いものを買ってはならない。たとえ10円程度高いものでも、その味が美味しくなってしまったら、一度上げた生活ランクを落とすことができなくなってしまう。だから「ちょっといいやつ買ってみようよ」というみかんの主張は受け入れられない。確かそんな内容だったと思う。

 確かに、一度美味しいものを食べてしまったらまた食べたくなってしまうし、それが容易に手に入るならなおさらだろう。しかし、当時から母のこの一刀両断に何となく納得できない自分がいた。お金がかかるのは良くないことかもしれないが、味噌も醤油も地域地域でずいぶんと違う。(当時はこういう言葉を知っていたわけではないけど)白みそと赤みそは全く別物だし、九州の醤油はほんのり甘い。そのなかで「今買っている安いもの」に拘泥するのはいかがなものだろう。

 いつしかこの話が忘れられないまま大人になって、最近になってようやく「最適解」を見つけたような気がする。よく考えれば旅に出かけて「地元のお酒」を買って帰るという話はよく聞いても「地元の味噌や醤油」を買って帰るという話はあまり聞かない。実は答えは、「旅のお土産にその土地の味噌や醤油を買ってくる」なのではないか。それも、道の駅やSAに売っている、観光客向けのオシャレな出汁醤油や味噌ディップソースを買って来るのではない。大抵どういう地域に行っても、その土地で醸造をしている醬油メーカーや味噌メーカーがある。そのなかで、その土地で生活している地元の人が食べていてもおかしくないような値段設定の、スーパーなどでもたくさん売っているような1L・1kg入りの味噌・醤油を買ってくるのだ。

 こうすれば、旅先の「普段は食べられない味」をお土産として持って帰れるし、どうせ味噌や醤油を買わなくてもたいていの人は何かお土産を買うのだ。一回食べておしまいになってしまうお土産と違って、味噌や醤油はしばらくの間使い続けられるという点で饅頭やコロッケより「コスパ」はよい。そして旅先でしか手に入らないし、わざわざ通販で取り寄せるとお金がかかってしまう都合、また食べたくなっても簡単には手に入らない。つまり、なくなってしまえばそれで終わり、いつもの味噌と醤油に戻れる。どうだ母、これなら納得してくれるんじゃないか、と作者のけらさんに聞いてみたい気もする。

 ただ唯一感じているデメリットは、とにかく重い。小容量を買ったら値段もその分割高になってしまうから、醤油なら1.8Lまでいかずとも1L、味噌も1kgくらいは買おうとするのだが、もし両方買ったら(密度はさておき)2kgを持ち歩くことになってしまう。いつしか遠出の際にはエコバッグではなくリュックを背負っていくようになった。とはいえ、持って帰った醤油や味噌は使う前から楽しみだし、使ってみると、どことなく旅先の雰囲気を感じることもできる。ほかに地元でとれた野菜や魚や肉があるなら、調味料も地元のものを使えると、ちょっぴりその地域に近づけたような気持にもなれる。醤油や味噌が美味しくて、醤油や味噌を買いに再び地元を訪れようかという旅のきっかけになることもある。意外と楽しいので、ぜひもっとこういう「お土産」が広まったらいいのになと思う。