個室にて

Ars Cruenta

おでんを作る

 考えてみると、家庭で作る和風の煮物のなかで、おでんほど手のかかる料理はないのではないだろうか。まず、下準備が必要な食材ばかりだ。けんちん汁なら必要ないだろうけどおでんに入れる大降りに切られた大根は下茹でが必要で、卵もまずゆで卵の状態にしないといけない。こんにゃくはざっと茹でなくては臭みが出るし、厚揚げは油抜きが必要だし、すじ肉も一度下茹でして油を落とさないといけない。このうち、大根と卵は一緒の鍋でいいだろうが、油抜きのためにお湯に入れるのだから厚揚げは入れるわけにいかない。せめて大根と卵を引き上げた後に厚揚げを入れるくらいか。そして最後にすじ肉を下茹ですれば鍋一回で済むかもしれない。とはいえ順番にこれをやっていこうとすれば時間がかかってしまう。大根もすじ肉も、下茹でに時間がかかるためだ。

 中に入れる具材も、おでんの場合はちょっと面倒だ。たとえば豚しゃぶをするならば、野菜以外の具材は豚に決まる。水炊きや筑前煮なら鳥、いも煮なら牛肉といった具合にメインの食材はメニューによって自動的に決まる。これに対しおでんの場合、ちくわやごぼう天や天ぷらを入れるわけだが、入れる天ぷらは数種類はないと困る。天ぷらから出る様々な出汁がかつお昆布出汁と合わさって味が決まる料理だからだ。最近の物価高騰もあって、あれやこれやと天ぷらを買っていると、レジをするときには「これでもつ鍋食えるじゃん」なんて額になっているのもざらだ。

 下処理と具材ときて、最後の難関は「時間を置かないと食べられない」というおでん特有の事情だ。ほかの煮物なら煮て味付けをすれば完成だが、おでんはてんぷらをしっかり膨らませて、一度冷まして大根などに味を染み込ませないとなかなかおいしくならない。夜に食べようと思えば朝作らないといけないような煮物がほかにあるだろうか。

 一見庶民派の顔をしつつ、時間も手間もかかるおでん。それがゆえに「おでん屋さん」なんてものが存在するのだろう。とあるゲームのキャラクターが、散々うまいものを食べても結局は屋台で食べるひとつ70円の大根が一番うまいと言っていたっけか。