個室にて

Ars Cruenta

酒を選ぶ基準

 世の中には、酒をある種の富と権力の象徴とみる向きがある。(私は行ったことがないけれど、たとえドラマのフィクションだったとしても)キャバクラのような場でシャンパンタワーをすることは、単にお金を落としてお気に入りのお嬢さんを喜ばせるという意味だけではなく、そのタワーが他人に見られるという広告的効果を暗に忍ばせている。そもそもシャンパンを飲むこと自体が、社会的にこのような意味合いを持つこともよく知られている。飲んだことがない人にも「ドンペリ」の名が知られていることはその証左だろう。ちなみに私は、とある偶然の連続で、「まったく冷えていないドンペリ」という世にも珍しい酒を飲んだ経験がある。あれは今思えば、酒の味を度外視した純粋な富と権力の象徴としての酒だったのかもしれない。

 まったく冷えていないドンペリはさておき、味だけで考えると、シャンパンがどれもそこまでおいしいのかというと個人的にはそうでもないような気がする。比較的手ごろな値段で手に入るモエやアヤラがおいしいかというと、少し雑味を感じたというのが正直なところで、いわゆるコスパが悪いような気がするのだ。

 ふつう家のなかで誰かがドンペリを持ち込んで、夫・妻や子供に自らの権力を知らしめるなんて場面はないだろう。お金持ちの家では、それが権力を感じさせないほどまでに普通の風景となっているだろう。そう思うと、家で飲む酒は、特別な時でさえ背伸びせずとも、安くてうまい酒であればそれでよいのだ。ひょんな気まぐれや偶然によって安くて手に入らないうまい酒を知ったときに、そこに特別さを見出せばよいのだ。

 そんなわけで、私が母から教わった日本酒の選び方のコツは、「純米吟醸などでなく、普通の酒がおいしい酒造がうまい」というものである。コメを削って特別頑張って作ったものだって、まずいものはいくらでもある。基本の酒造りがうまければ、そこの酒は安い酒だってうまいだろうというわけである。実際、経験上これは当たっていて、安くてうまければあとは嗜好品の領域となる。ただし、純米酒になったからよりうまくなるかというとそれは別の話で、そこは別の能力(あるいは運を引き寄せる力?)が必要となるわけだ。

 いきなり話がワインから日本酒になったが、ワインでもロゼはうまくて白はまずいなんてものはまずあったものではないし、同じ銘柄でも値段に比例してうまくなるものではない。普段飲みを考えるならば、ワインの名前にくっついてくる言葉の意味を知り、安いものから試して選ぶべきだろうと思っている。

 ワインの名前にくっついてくる言葉というのは、たとえば「プロセッコ」とか「カヴァ」というワインの産地に関するものであったり、「アスティ」とついていたら甘口だなとか、「ランブルスコ」といったら赤ワインの泡バージョンだな、ということである。細かい産地など分からずとも、これで少なくとも自分の経験と照らし合わせて選ぶものを決められる。

 コストコなどでは税込み700円くらいでカークランドブランドから紫色が印象的なプロセッコDOCGが売られている。ただ、テレビで再三取り上げられたことなどもあってか最近は品薄らしく、あまり見ない。コストコでは赤ワインのボックスなども評判だが、こちらもどちらかというと時季ものだ。

 日ごろからスパークリングを飲むなら、リカーマウンテンなどでよく売られているPENASOLシリーズで十分な気がする。明らかにあとから炭酸を継ぎ足したような軽いタッチが特徴的だが、個人的には味は税込500円だと思うとそこまで悪くなく、雑味も少ないように感じる。ただ、最近これに最近待ったをかけているのが、万代などで売られているパラシオ・デ・コラソンである。同じく500円程度でありながら、かなりおいしい。どのスーパーでも大量にこれを扱えば、きっと安めのスパークリング好きには大変ありがたいことだろう。