個室にて

Ars Cruenta

過去との向き合い方

 昨夜はコロナが始まって以来、初めて盛大に羽目を外した。三軒も梯子したのなんてコロナ以来初めてじゃないだろうか。付き合ってくれたのは同じ会社の元上司。元上司と言っても社内での勤続年数はこちらの方が長く、一年足らずではあるものの一緒にいろいろな困難を乗り越えてきた人だ。もうひとりいつも飲みに行っていたパートさんもいたのだが、一軒目で日本酒をあおるように飲んで「できあがって」、ピザを食べたいとは言った二軒目で何も飲食することなく眠ってしまい、挙句おもむろに起き上がると「帰る」と言い出して、危ないからとタクシーを呼んで運転手にお金を渡して帰らせた。ああそうだ、飲みは最初の一軒目で羽目外すと大変なことになるんだった。ちょっとめんどくさいなと思いつつ、なんとなく懐かしい感覚を思い出した。

 二人になったあともワインや日本酒、マティーニなんかを飲みながら、とっぷり深夜までいろいろな話をした。思えば普段は日々の業務に忙殺されていて、どんな人なのかはともかく、どういう暮らしをしている人なのかも大してお話しできていなかった。実は職場でちょっとした(全体を捉えるとそこそこ大事の)事件があって、その話をしたことをきっかけに、彼女も自分が抱えているトラブルを色々と話してくれた。もちろんその内容はこんなところで書くものじゃないけど、いつもニコニコとして飄々としている彼女がまさかこんなことになっていたなんてと、結構衝撃的だった。

 ただ、彼女は「自分に確かにそういう過去があっても、人前に立ったら笑顔になるのが自分で、それが自分のスタイルだ」というようなことを言っていた。それを聞いた時、なんとなく自分のなかで、この人の笑顔はただの強がりじゃないんだという確信を持てたような気がする。自分の過去を面白おかしく話すこともできれば、誰にも話さず人と笑顔で一緒にいることを優先することもできる。大事なのは過去から目を離さないこと、過去を勝手に無化しないことで、過去との向き合い方は人それぞれなのだと改めて感じた。

 私はずっと血を流しながら、きっとこれからもナイフを見つめながら考え込むのだろう。それは暗い生き方かもしれないが、彼女の笑顔と同じくらい、明るい将来を手に入れるためのひとつのやり方なのだと信じている。ただ、ちょっとおいたが過ぎたらしい。深夜に帰宅してのち、翌朝にそんな時間まで何やっていたんだと散々叱られた。叱った人はぽろっと、自分は過去のあの事件が忘れられないと漏らした。ここにも傷ついた人間がいたのだと再確認し、それでも人と羽目くらい外したいよな、などと思いつつ今日を終えた。