個室にて

Ars Cruenta

嵐のなかへ

 気持ちが塞いだり逆に感極まったとき、ついつい外へ出て歩き回るという癖がある。気持ちの変化は様々なことで引き起こされるだろうが、厄介なのは雨だったりする。というのも、雷雨や嵐の様子に気持ちが動かされて、それによってついつい外へ出たくなってしまうからである。小学生のころとこの点は全く変わらず、今日も「いちじくを買いに行く」という口実のもと、傘も持たずに飛び出してしまった。

 こう書くと台風のときに水路を見に行くおじいさんのような愚行に思われるかもしれないし、確かに全くリスクがないわけでもないのだが、こういう趣味を持っている人というのは、子供のころから数えるとそれなりの場数を踏んでいるのだと思う。どれくらいの風ならば危険で、どれくらい雷が鳴っていたらよした方がいいのかを、それこそ身をもって知っているし無茶はしない。マンホールがはじけ飛ぶほどの雨が降っているときもちゃんと家にいる。そういう時はどれほど興奮していてもすぐに家に戻る。要は、そこそこに濡れて、そこそこに風を感じて、そこそこ遠くからやってくる雷の衝撃を感じられるときにしかそういうことはやらないのだ。

 そういうわけで、雨に濡れている時間にもそれなりに気を遣っている。風邪をひいては元も子もない。子供のころはよくびしょぬれになっても公園で遊んだり、キャンプではテントの周りに溝を掘っていたりしていたものだが、今は一つの基準として「靴下が濡れない程度で引き上げる」というルールを設けている。大雨が降ればすぐに靴が濡れるに違いないと思う人もいるだろうが、意外と上手に歩けばすぐに靴下が濡れることはない。家に帰ったら最低限の水を払ってそのままシャワーへ。汗と雨でじっとりしているのを熱いお湯で流してそのまま身体も頭も洗ってしまえばお風呂も済む。変な趣味だが、短い時間で割とスカッとした気持ちになるのが良い。気持ちがしょげてただただ西へ歩き出せば、4時間でも5時間でも徘徊してしまうことだってあるのだから。

 ちなみに私が風の怖さを死ぬほど教えられたのはスコットランドエディンバラにいるときだった。アーサー王玉座という小高い丘のような場所があるのだが、丘の上にあがってしばらくすると、身が飛ばされそうなほど異様な風がたたきつけてきて、それがビュ~ッと途絶えずに延々続くのだ。そこに雪まで降ってきて相当冷たかったのだが、それでも頂上で人々が楽しそうに記念撮影しているのを見て負けじと自撮りに挑戦したのを覚えている。