個室にて

Ars Cruenta

真正面から

 誰にだって、その人にとっては意外と大事だけど他の人からすればどうでもいいこだわりのようなものがあるんじゃないかと思う。私の場合何かというと、「なるべく正面から建物・敷地に入る」というものがある。

 たとえば京都の出町柳の駅に着いたとき、どれほど遠回りになろうとも、よく旅番組で出てくる、叡電のある入り口から出入りする。ほかの出口があることも、その方が便利の良いことも知っているのだが、やはり出町に来たという実感を得るには、この「正面」入り口が一番いい。大学に行くときもそうで、やはり正門から入りたくなる。

 単に正門から入るというのも大事なのだが、これから入る建物を真正面に捉えながら歩いていくというのも案外こだわっているのかもしれない。職場に行くとき、バス停を降りて斜めにショートカットできる道があるのだが、時間が許せば少し大回りをして、職場のある建物を正面に捉えながら歩いていく。このほうが、なんとなく仕事もやる気になるのだ。

 ただ、こういうこだわりが子供のころからずっと続いていたわけではない。大学生のころは、もっぱらなるべく楽なルートで行き来していたような気がする。あるときから自然とこのような癖がついていて、強固なものになったような、そんな感じだ。なぜこういう癖がついたのかと考えてみたが、今さっき書いたように「実感」というのが案外大事なのかもしれない。自分がそこにまでやってきたという実感をいつしか大事にするようになって、真正面を大事にするようになったのではないか。もっとも自分のことというのは案外よく分からないものなのだが。