個室にて

Ars Cruenta

ちびちびやる能力

 私の父はビールしか飲めない。厳密にいうと、私がおいしそうに日本酒を飲んでいるとちょっとよこせと飲むのだが、ビールと同じようにあおるように飲むので、すぐにべろべろになってしまう。少しずつ飲むものだと言っても聞きやしない。それでいてシラフのときには「ジンやウイスキーは強い酒だ」とか言っているのだから、こちらとしてもどういえばいいのか分からない。

 酒はアルコールに関するため、一気に飲むとそれだけダメージが来る。しかし食べ物の場合、事態は一層深刻になる。せっかくいい生ハムを買っても、酔って味のわからない口で「美味しいものは一口で食うもんや」とでかいのを一息に食われてしまっては、此方としては声にならない悲鳴を上げるほかない。口でくちゃくちゃしてごっくん、というわけだ。

 別にブログでまで愚痴りたいわけではないのだが、うえの二つの例はともにある重要な点で似ている。つまり、人によってウイスキーや嗜好品を適切に楽しめないのは、その人が口にガバっと放り込まないと気が済まない性質だからということだ。悪口ではなく実際問題として、こういう人は強い度数のお酒もあおるし、塩っ気の強いものも口にポンと放り込んでしまいにしてしまう。そして意外とそういう人は散見される。

 人の趣味にまでケチをつけることはないのかもしれないが、少なくともこうした飲食の世界では「ちびちびやること」というのは単にけち臭いだけではなく、ときにひとつの味わい方であり、能力となるのだと思う。ついつい酒をぐいと飲んでしまう自分への警鐘としても。