個室にて

Ars Cruenta

自営業とサラリーマン

 我が家は自営業で生きている。子供のころから父がお店をやり始め、何とか今まで切り盛りしてきた。自営業のお店はいろいろあるだろうが、こうしたお店で生まれ育つ人とサラリーマン家庭で育つ人の間には、しばしば相応のカルチャー・ギャップがある。すごくざっくばらんに言うと、サラリーマン家庭の人は、父親なり母親の仕事が家庭ときっぱり切り離せると信じているようなのだ。

 たとえば飲食店の場合、買い出しから家庭が仕事に食い込むことがある。家の買い物を買い出しのついでにやってもらうのだ。逆に、家で店のものを買う必要が出てくる場面もある。食事にしても、お店でご飯を食べることもあるし、店で余ったものを家で食べることもある。あるいは店の経費の処理や申告などは経理の人がやるのではなく、家の人間が誰か時間を割いて家のパソコンで打ちこむことになる。

 こういうわけだから、自営業の家にとってしばしば店と家は切り離せないものとなる。個人にとっても、この二つは理論上区別こそできるものの、実生活のうえでは切り離すことができない。これに対しサラリーマン家庭で育った人は、すぐに理論上の区別を根拠に「お前が店のことをする必要はない」とか「店でいつでも美味しいもの食べられていいね」などと言ってくる。

 しかし、店と家が切り離せないからといって、店のことをよくわかっているかというと別の話だ。これはちょうど、アルバイトが店のことを全部把握していないというのとよく似ているかもしれない。逆にサラリーマン家庭だって、父親がどんな仕事をしているかについてよく知っている人もいるだろう。生活の在り方と何かを知ろうとする姿勢はあくまで異なるものだ。