個室にて

Ars Cruenta

善意が悪意に変わるとき

 だいぶ前にあった、ちょっと嫌な思い出。アルバイトとして小売業で働いているとき、勤務先の近くにお寿司屋さんがオープンした。あちこちにチェーンを持つ、有名なお店だ。開店の際はセールもあってたくさんのお客さんが押しかけていて、多少豪華な盛もあっという間に売れていった。そんなとき、私が働いていたお店にお寿司屋さんのスタッフが来て、「みなさんで食べてください」とたくさんのお寿司をいただいた。事務所にある小さな冷蔵庫がいっぱいになるほどのお寿司をいただき、トロが入ったものなどもあり、スタッフ一同とても喜んで受け取った。次の日も同じように差し入れがあり、そのとき調子のいいスタッフは「寿司は毎日食ってもいい」なんて言っていたものだ。

 ところが雲行きが少しずつ怪しくなってきた。一週間程度ならまだ理解できるものの、その後も寿司は送られ続けた。最初は豪華な盛が適切な量送られていたはずなのに、次第に寿司や巻物がたくさん送られてくるようになり、成形肉の「焼肉弁当」などがいくつも入ってくるようになった。時には大の大人が両手にひとつずつ大きな袋をもって、「どうぞ」とだけ言われてレジに置き去りにされたこともあった。5,6人で食べきれるわけがないことなど、考えなくても分かる。たまたまうちで働いているスタッフの友人がその寿司屋でアルバイトをしていて、余っている寿司について聞くところによると「だってうちでもいらないから」と笑われたらしい。要は開店のあいさつだったものが、いつしか廃棄処分に目的を変えていたのだ。

 寿司が送られ続けて1か月は経っていたような気がする。耐えかねてパートさんが寿司を拒否した。それでも翌日、彼らは寿司を持ってきた。一度は折れて受け取ったのだが、それからさらに体制を強化して、寿司が来る時間に待機してでも寿司を拒否するようにした。ついに寿司は来なくなった。そしてそれ以来、一度も寿司は来ていない。

 きっと向こうも最初は善意で寿司をくれたのだろう。しかし思い出の中では、仕方なく成形肉の弁当を持ち帰ったり、家族に頭を下げて天丼を食べてもらった思い出ばかりが残っている。どこで歯車が狂ったのか。そもそも本部はこんなことをして寿司を「廃棄」していたことを知っているのだろうか。名前こそ出さないが、それ以来梅田や商店街でそのお寿司屋さんを見かけるたびに、今でも少し嫌な気持ちになる。