個室にて

Ars Cruenta

保存か健康か

 よく行く薬局で、ローリングストックを勧めるCM音声が流れている。地震などの災害時に困らないように食糧を備蓄し、その食糧を定期的に食べて新しいものを買い足すことで食糧を廃棄せずに備蓄ができるということである。いつからかこの言葉はずいぶんと広まって、我が家もお水くらいは置いておくようにしている。もっとも、普段飲んでいるのは水道水で水出ししたお茶なので、ローリングストックがちゃんとできているとは言い難いが、まあ水もたまに飲むので減ったら買い足すという意味ではローリングストックなのだろう。

 災害のための備えと言うと立派なことのように思えるが、前々から少し疑問に思っていることがある。ローリングストックで備蓄される食品はカップ麺や缶詰など、要は日持ちしてそのまま食べられるようなものである。こうした食品は決して毒ではないにせよ、健康的な食生活を送るうえで決して推奨されるような食べ物ではない。ストックされる食品が一週間分だとすれば、ストックをまわすために私たちは、定期的に一週間分のこうした食品を食べなくてはならないことになる。まだ缶詰の賞味期限はかなり長いが、カップ麺の賞味期限は意外と短い。災害への備えという未来への投資が、毎日にではないにせよ、推奨されない食品を食べるという行為のもとに成立するのである。

 もっとも、日ごろの食生活のなかに缶詰やカップ麺が登場する家も多いだろう。そういう人にとっては、こうしたストックはきわめて合理的に見えるのかもしれない。しかし私がローリングストックのCMを聞いたのは薬局なのである。健康をプロモートするはずの小売店が暗々裏に「カップ麺や缶詰を食べて回しましょう」というようなことを言っていると考えると、これは少し不思議な感じがする。

 もし上で取り上げたような食品が日ごろ決してオススメされるものではないとしたら、保存と健康を両立させるには、「推奨されるべき保存食」と言うものがもっと議論の俎上に上がってもいいのではないか。災害のための専用の保存食はいろいろあるけれど、まだまだ値段が高い印象がある。災害の多発する我が国において、よりおいしく、より安価で健康の面でもより推奨されるような保存食が広まればよいのではないか。そうすればローリングストックも、より共感を得られる防御策となるのではないか。そんな気がしている。