個室にて

Ars Cruenta

割り引かれない値段

 今に始まったことではないが、最近はなんでもかんでも割引がつきもので、お店によっては正規の値段で何かを買うということのほうが珍しくなる場合さえある。いつも誰かの割引の話をする際に引き合いに出すのがピザの値段で、ピザハットがやっている「デリバリー30%オフ、お持ち帰り50%オフ」に至っては、もはや対象外店舗に赴くか対象外の商品を頼むかしない限り、正規の値段でピザが買えないようにみえる。

 ところでお店も余程追い詰められていない限り、出血大サービスでも実際に損をして売っているなんてことはないだろう。ピザを半額で売っても多少の利益にはなるから半額で売るのであって、そうなると気になってくるのが、「そもそもこのピザは、割り引いても大丈夫なように値段設定をされている以上、割引がないときに買うと生活者はとても損するようにできているのではないか」ということなのである。

 たとえばお持ち帰り50%オフの時期だけピザの値段が二倍になっていたら、気づく人が出てくるだろう。キャンペーンをやっているときとやっていないときで多少の値段の改定があったとしても、それはきっとそこまで大きなものではない。そうである以上、私たちはキャンペーンでお得にピザを変えると広告されている一方で、実際のところは「割引ありきの値段」のピザを割引があるときしかお得に買えない状況に追いやられてしまっているのではないか。そんな予感がするのである。

 これがもっと如実に表れるのが家電量販店だと思う。比較的高額な家電などを買うとき、身近な人は結構値切っていくらか安くしてもらっている。しかしその辺のスーパーで値切ってもたいてい安くはしてくれないのに、どうして家電量販店で(しかも高額の買い物で)値切れたと主張する人がたくさんいるのだろう。私には、量販店は、値切ることを前提に値段をつけているとしか思えないのである。そうすると、値切ることにためらいを抱いたり、そもそもそういう発想を持たない人は―ちょうどクーポン券を持たない人のように―本来ならばもっと安く買えるものを「値切られる想定分」だけ高く買わされることにならないか。

 割引や値切りといったお得感のある言葉が、かえって自分たちの消費に悪影響を与えている側面があるのではないか。そんな事象はほかにもあるだろう。クーポンや割引券が絶えずあふれかえっている状況というのはあまり健全ではないのではないか、などと思いながら、そういえば今、自分の財布には割引券が一枚も入っていなかったなと思い出す朝だった。