個室にて

Ars Cruenta

人に厳しく自分に優しく

 よく、すぐに悪い感情をむき出しにしないと気が済まない人というのがいる。おおらかさがないというよりかは、何かの拍子にバネがはじけるように敵意をむき出しにしたり、怒りを表明したり、とにかく起伏が激しい人だ。こちらの発話が聞こえなかっただけでしかめっ面をして「え?」とすごんでくる人も、コロナ禍以降多くなった気がする(もちろんひとつはパーティションやマスクのせいなのだが)。

 ただいろいろの人を見ていると、そういう悪い感情の起伏が激しい人に共通することがある。そういう人は自分がミスすると、必ずと言っていいほど笑いだすのだ。予約日を間違えたり、通り道でお金を落としたり、あるいは何かを忘れて取りに戻るとき、その手の人は人に厳しければ厳しいほど「あはは」と快活に笑っているような気がする。「ごめんごめん」と笑いながら言ってる姿には、自分が悪いことをしたと認めながらも、それを反省する様子というのは見受けられない。

 一見して身勝手なダブルスタンダードに見えるけれど、よくよく考えたらそうなっていくのは当たり前なんだろう。人に厳しくして要求を飲ませれば飲ませるほど、自分自身を同じ基準ではかることはより難しくなるからだ。人が何か自分の知りたい情報を知らないだけで怒りだすならば、自分が知りたいことを自分が知らないで怒りだしていてはらちが明かない。だからこのダブルスタンダードはある意味すごく自然な身勝手であり、そういう人たちの行きつく先なのだと最近は思う。

 まあそれでも、「あはは」と笑って謝るだけ、彼らは彼らなりに善悪の区別がついているのかもしれない。本当に大変な人はしばしば、自分が悪いことをしているとも思わずに人のことは散々に非難するからだ。たとえば一部のクレーマーなどは、自分が今やっていることがまともなことだと信じて疑わないのだろう。そういう人たちよりはまだ、ダブルスタンダードの人間のほうが安全なのかもしれない。