個室にて

Ars Cruenta

一杯の美味しいビールを飲む理由

 ジョージ・オーウェルのエッセイが好きな人なら「混ざってる混ざってる!」となっちゃうタイトルをつけてみた。健康診断が終わってから起こった不思議な変化として、無性にビールが飲みたくなる。もちろんこれまでもビールを飲まないわけではなかったのだが、一杯二杯飲んだら満足するし、「とりあえず最初はビール!」という感じでもなかった。しかし健康診断をきっかけに、何かとつけてビールが気になるようになって、外ではビールが飲めるお店を見つけたり、家でもクラフトビールなんかを買って飲むような日々が年末まで続いている。

 そんななか、先日梅田の第三ビルをほっつき歩いていると、ふと何度も通っているはずの通りにある一軒のお店が気になった。

最初に目に留まったのはショーケースに並べられたサンプルのビールだった。「あ、ビールが飲めるお店だ」と思いながらよくよく見てみると、ソーセージとビールのセットで1,000円、ビールも一杯500円、結構リーズナブルじゃん、となった。最近の梅田にあるビール醸造所が経営しているお店とかだとビール1パイントで1,000円くらいすることはざらにあるし、おつまみもそこまで安くない。第三ビルでこれだったら入ってみようということで入ったら、なかなかの当たりだった。

 クラフトビールのような気取った感じがない、キリンの生と黒生をベースに混ぜ方の割合で楽しむシンプルなビアバー。ただ、ビールの入れ方にはこだわりがあって、どの一杯も三度注ぎでグラスの上にこんもりと泡が乗っかるマイルドなビール。テレビで耳学問として知ってはいたものの、ビールも入れ方ひとつでずいぶんと違うものだ。ほかにもおつまみが豊富で、ソーセージは5種類くらいあるし、自家製のタン生ハムもなかなかのお味、ついついビールが進んでしまい、結局もう帰ろうと思っていたのに4杯ほど頂いてしまった。

 一杯の美味しいビールを飲んだ後は、またビールを飲む理由について思いを巡らせる。オーウェルのもともとのエッセイは、ビールの消費量減少の原因が、コミュナルな、みんなで楽しむ機会の減少と結びついていると喝破するものだった。たびたび僕はこのエッセイを参照するのだが、よくよく思い返してみると、この文章を読んでみんなでビールを飲みに行こうと思うことはなかった。ただ、いつの間にかビール好きになっていた私はその日、店を出るときに「次は友人と来よう」とふと思った。