個室にて

Ars Cruenta

目を見る

 一年ほど前にストーカー被害に遭ったことがきっかけで、人の目をますます見られなくなったということは以前にブログに書いた気がする。あれからなるべく人の目を見るように練習しているのだが、なかなかうまくいかない。しかし例外というのもあって、今日はその人の話。最近一緒に働くようになった人のことである。

 その人とはもう数か月は同じところで働いているのだが、別に毎日会うわけではない。むしろ月に何度かしか会わない気がする。退勤にこだわりがあってすぐに帰ろうといろいろ人をせかすという噂もあって、ほかの人からは「あの人どうなんだろう」みたいな評価もある。それでもってあまり人といろいろ世間話をするというタイプでもなく、どっちかというと一人でいるのが好きなタイプらしい。そんなわけで一緒に働いている人に聞いても、いまだその人の素性というか性格はよく分からないという声をよく聞くのだ。

 ふつうそういう人が相手なら、此方も少しは警戒するのだが、不思議とその人とはよく目が合う。慣れ親しんだ人と話をするときのように自然と目線があって、なんとなくそのまま目線を合わせたまま話せる。あの人は一人が好きなのだろうという周りの人の話が嘘のように。それに一人でいるのが好きだという言葉が本当だったとしても、どこかその人の目は「人懐っこい」気がする。あからさまによく知らない人を無視したり邪険にしたりする、この町ではありがちなそういう目をしていないのだ。

 先日、その人の退勤時間にたまたまか休憩時間が入って、事務所で一緒にいると、なんだか不思議な気持ちになった。「一秒一刻を争って走って帰る」と言われていた彼は別に早く帰ろうとするわけでもないし、なんならその日の帳簿がおかしくないかを退勤した後に調べてくれている。それから来月の仕事について、「こんなのおかしいじゃないか」と笑いを誘うかのように、いくらか話して、結局とぎれとぎれに15分以上雑談をして彼は帰宅したのだ。

 もしかするとほかの人とは何らかの理由で対応が違うのかもしれないし、その日の気持ちや配慮の仕方でこういうことになったのかもしれない。しかし人というのは、ある特定の仕草で推し量れるものではないのかもしれないと改めて思わされた。何にせよ、仲良くできたら一番だ。