個室にて

Ars Cruenta

一杯の豚汁

 ときどき無性に飲みたくなる豚汁。しかしよくよく考えてみると、こんなに手間がかかる味噌汁系の食べ物はほかにないのではないか。こんにゃくは湯を通しておかないといけないし、油揚げも油抜きをしなくてはならない。サトイモは皮をむくだけでも一苦労だし、ゴボウはササガキを冷水にさらさなくてはならない。豚汁によく入る具材はどれもこれも、鍋に入れる前にひと手間かかるものばかりなのだ。そこに、豚肉をどう調理するかがポイントとなる。お湯のなかで豚肉をそのまま入れてしまえば、大量の灰汁取りを余儀なくされる。かといって最初に豚肉をじっくりと炒めるのも結構な手間だ。豚汁を作るのは、煮込み時間さえ考えなければもはや煮込みの牡丹鍋を一から仕込むのと同じくらい面倒の塊なのである。

 豚汁の出汁はかつお出汁でもいいと思うが、豚感を最大限に感じたかったらやはり豚肉の出汁だけで作るのがいいだろう。とはいえ豚汁に入る豚の量なんてたかが知れているから、豚をゆでる料理をした翌日に豚汁をするといい感じになる。たとえば夜ご飯の冷しゃぶを食べるとして、たくさんの豚を少し少なめの湯でゆでてゆで汁を残しておくのだ。翌日になると豚の油が白くなって固まっているはずなので、それをおたまですくって捨ててから火にかけていく。そうすれば油でべとつかず美味しい豚汁のベースが用意できるというわけだ。夏場は冷しゃぶでいいだろうが、冬は平野レミさん考案の「豚眠菜園」をよく作る。今のレシピはキャベツの上に豚が眠っているが、昔のレシピ本ではよく焼き付けた茄子となっており、これがまた絶妙にマッチして美味しい。

remy.jp

 せっかく手間暇かけて作るのだから、おいしく食べたい。そこで我が家では豚汁にふたつのものを入れている。ひとつは生姜。味噌を入れる前に豚汁に直接生姜をすりおろす。豚汁を食べたいときというのはたいてい寒いときだから、ぽかぽかする生姜を入れると身体がぬくもるし、生姜のシャープな味が味噌のこってりとした味をうまくととのえてくれる。もうひとつは少し意外かもしれないが豆板醤。辛味だけではなくコクが出て、やや鍋のスープのような味わいになる。

 そういえば最近大阪のどこかで、豚汁専門店なるものを目にした。やはり豚汁を作らず美味しく食べたいという人がたくさんいるからそんなお店ができるのだろうか。